世界を巡って北海道・十勝の豊頃へ。2代のオーナーが引継ぎ愛した住まい&カフェ

帯広の市街地から車で20分ほど。豊頃町の広大な畑作地帯を進むと、白樺並木の先に、一軒の家が姿をあらわします。週に数日はカフェが開店、2階には図書室——少し不思議で、とても居心地のよい住まいです。

ここで暮らすのは、デザイナーであり、絵本作家であり、画家でもある蒲生さん。久慈建築工房は、この住まいの初代のオーナーの依頼で自宅兼B&Bの宿の新築工事を担当。そして今回、2代目のオーナーである蒲生さんのご依頼でリフォームを担当させていただきました。今回は蒲生さんのご厚意で、家づくりと、ここでの暮らしについてお話をうかがいました。
世界を巡って、ふるさと・十勝へ
蒲生さんは高校まで十勝で過ごし、大学卒業後に上京しました。東京のデザインプロダクションに勤務していた際、実家が建具屋であることもあり、もともと建築や建物に興味があった蒲生さんは、住宅設備メーカーのカタログや広告のデザインを手がけていました。

「北海道から東京、次は海外に行きたいと、会う人に言っていたんです」。その言葉が思わぬ縁をつなぎ、たどり着いたのはアメリカ・ラスベガス。日本語のフリーペーパーの編集とデザインを担う仕事を5年間しました。英語が話せないまま飛び込み、最初の1年は「泣きながら生活した」といいます。
その後は上海へ。デザイナー兼ディレクターとして働くなかで、ご主人と出会い結婚。転勤で東京、大阪、タイ、インドネシアと、暮らす場所を移していきました。タイやインドネシアで覚えた料理は、のちにカフェのメニューへとつながっていきます。

コロナ禍で日本に帰ることになり、その時選んだのが、ふるさとの十勝でした。「あたたかい土地に慣れていたので沖縄も考えたのですが、両親が近くにいて、子育ての面でも支えてもらえること。慣れ親しんだ土地であることが決め手でした」と、蒲生さん。
「絶対ここだ」と一目惚れした家

蒲生さんがこの家に出会ったのは、物件探しを始めておよそ4か月後。インターネットや地元の友人、不動産会社などに相談しながら10軒近く見学しました。
転機になったのは、田舎暮らし向けの物件を得意とする不動産会社の担当者との出会いでした。「まだ広告にも出していない、いいところがあるんです。良すぎて、売りたくないくらい」——そう聞かされて住所を教えてもらい、約束の前に一人で見に行った蒲生さん。ひと目見た瞬間に「うわ、絶対ここだ」。一目惚れでした。

蒲生さんが家に求めていた条件が、そのまますべて揃っていました。天井が高い、薪ストーブがある、ある程度の広さと敷地がある。当時、蒲生さんはこの場所で「自由な学校のようなもの」をつくりたいと考えていて、そのためにも広さのある土地を探していたのです。
ここには理想以上のものが全部揃っていました。「もしこの家に出会っていなかったら新築していたかもしれない」と振り返るほどでした。

この家を建てたのは、20年ほど暮らしていた前オーナーご夫妻。イギリス帰りのご夫妻で、B&B(ベッド&ブレックファスト)を営みながら、自然素材や住まいの雰囲気に深いこだわりを注いでいました。設計施工は久慈建築工房が担当させていただきました。
蒲生さんは、契約する前からこのご夫妻の生き方や住まいへの想いにすっかり惹かれてしまったといいます。前の住み手の美意識がそのまま宿った家を、蒲生さんは想いごと受け継ぎました。
学校から、カフェ、そして図書館へ

当初は「学校をつくりたい」という思いから始まったこの家の使い方は、暮らしながら少しずつ形を変えていきました。
「いきなり知らない人がやってきて学校を始めると言ったら、地域の方も驚いてしまうと思って。だから、まずは誰でも入ってこられるカフェにして、『こういう人がここにいます』と知ってもらってから、と考えたんです」。こうして、まずカフェ「サナノコトコトサン」としてのスタートを切りました。オープンは2022年8月27日。

カフェの一番の売りは、タイで料理を学んだ蒲生さんがつくる本格的なグリーンカレー。インドネシア料理などのエスニックメニューや、肉料理、自家焙煎のコーヒーも人気です。「あとは何と言っても、この環境ですね」。営業は多くても月に10日ほど。冬も営業しています。
次に浮かび上がってきたのが「本」でした。もともと絵本作家でもある蒲生さんは、ご友人と一緒に自分たちの本を出版。「1冊じゃなくて、いっぱい出したい。それなら自分たちでつくったほうが早い」と、出版の活動へと広がっていきます。

そして2025年、それまで屋根裏の物置のようになっていた2階を、図書室へと改修しました。「お客さんが、私が料理をつくっている間に、本を読みながらゆっくりしてもらえたらいいなと思って」。隠れ家のような空間で、自分たちの本も手に取ってもらえる——そんなくつろぎの場所が生まれました。

久慈建築工房との家づくり
蒲生さんは久慈建築工房と打合せを重ね、カフェ側の壁を整え、図書室をつくり、さらに自宅側のリビングや水回りの大きな改修も実施。少しずつ一緒に住まいをつくってきました。


一階からはしごで上がる屋根裏だった空間に階段を新設。壁一面に造り付けの本棚を設け、図書室にしました。

自宅側では、もともと一般的な高さだった天井を、カフェ側と同じように高く上げました。すると屋根裏に新たな空間が生まれ、そこもロフトとして活かすことに。「使わないともったいないですよね」と蒲生さん。

そして、森を望む場所には、特注サイズの大きな窓を。

サッシを壁のなかに隠し、まるで額縁のように森を切り取る「ピクチャーウィンドウ」です。壁には、湿気やにおいを吸ったり出したりしてくれる珪藻土を採用しました。

蒲生さんが久慈建築工房の家づくりについて、繰り返し口にしたのが「丁寧さ」でした。「素材選び一つにしても、いろいろな素材をすごく細かいところまで選ばせてくれるんです。今まで関わった建築会社さんは『こんな感じで』と言うと、勝手にどんどんつくって『できました』という感じが多かった。でも久慈さんは、細部まで聞いてくれるので、自分の思った通りになるし、思った以上の仕事もしてくださる」。

さらに、家づくりのあとのお付き合いも、蒲生さんにとっては大きな安心だといいます。「つくったあとに、すごくお世話してくれるんです。しょっちゅう顔を出してくれて、『家、どうですか』と聞いてくれる。アフターケアが本当に素晴らしくて、もう全幅の信頼を置いてしまっています」。
森のなかで暮らすということ
改修を経て蒲生さんが手に入れたのは、まさに「森のなかに住んでいる感じ」の暮らしでした。
なかでもお気に入りは、大きな窓のそばで眠ること。「朝起きたときに、緑がぱっと目に入ってくるんです。外にいるみたいで」。

そして、憧れだった薪ストーブ。北海道の冬、外は吹雪いていても、あたたかい部屋で薪の炎が揺れている——そんな暮らしが理想だったといいます。火のつけ方に最初は苦労したものの、今では夕方に一度火を入れるのが日課に。「薪ストーブは芯からあたたまる感じがして、本当に最高。これはみんなにおすすめしたい」。

暮らしの舞台となる豊頃町のこの丘は、帯広市街より2℃ほど涼しく高原のような場所。海が近く、朝には海から霧が立ちのぼって、あたりが幻想的な風景に包まれることもあるそうです。「毎日の何気ない道が、すごく美しいんですよ。移動しているだけでも幸せで」。

家の前には、20年ほど前に前のオーナーが植えた白樺が、並木のように育ち、参道のような佇まいを見せています。

デザイン、出版、カフェ、絵画、そして三味線まで—尽きることのない好奇心で、この家を拠点にさまざまなことに挑み続ける蒲生さん。大切にしているのは『自分が没頭できること』。だから、次に何が来るのか自分でもわからないんです。

理想以上の住まいを見つけ、前の住み手の想いを受け継ぎながら、自分らしい暮らしを育てていく。豊頃の丘の上には、そんな穏やかで自由な時間が流れていました。